バレンタイン

「霊夢!」
 今日も魔理沙がやってきた。気分がいいみたいで、あの子のお気に入りの、フリルやレース、リボンがいつもより多い女の子らしい服を着ている。髪は三つ網を後ろにまとめたハーフアップ。私とおそろい。お下げは赤いリボンでとめていて、私のためにそうした、と言わんばかり。
 いつもと違うのは恐らく、今日がバレンタインデーというものだから。別の宗教の記念日かなにからしく、率先して関わるのには抵抗があるけれど、珍しく魔理沙が手作りの洋菓子を持ってきてくれるから、私はこの日が好き。
 毎年あの子が持ってくるのはチョコレートで、すごく甘い。どうしてこんなに甘くなるのかと思うほどだけれど、あの子が作ったと思うととてもあの子らしくて可愛らしい。すごく美味しく感じる。
 帽子をとった魔理沙はいつもの場所に座ると、こちらを向いて怪しく笑う。
「何よ……気味悪いわね」
 魔理沙のことだから、これから隠し持っているチョコレートを出そうとしているのは、言われなくてもわかる。
「お茶淹れてくるわ」
 魔理沙が出したがっているものは、まだ出させない。立ちあがって台所へ向かう。この間に準備でもしておけばいい。
 今年は、私からも珍しくプレゼントを用意した。台所に置いてあるそれと、お茶を用意して、向こうを確認する。
 あの子は後ろを向いて何かをしていて、今戻ればきっとひどく慌てて前を向き直す。それも面白いけれど、何かを準備してきたのだろうから、少しだけ待ってみる。魔理沙を驚かせるための、ほかの方法を、私も準備しているのだから。
 丸い瓶。中には、黄色と緑、ピンク、オレンジ、白の、星のような形をした砂糖のお菓子が入っている。魔理沙の魔法はこれを使うこともあるみたいで、弾幕ごっこをした時なんかはこれがいっぱい飛んでくる。
 金平糖。あの子らしくて、とても可愛いお菓子。あの子のくれる物とは違って手作りではないけれど、魔理沙ならきっと喜ぶから。
 そろそろ準備も終わったようで、何も知らないふりをして戻ると、ふわりと甘い香りがした。
「霊夢、何か言うことは?」
 後ろで持っているであろう箱をいじりながら言う。私から言えということ。本当に素直じゃない。
「何か甘いものが食べたいわ」
 このやり取りは毎年していて、この後魔理沙は『そんなお前のために朗報だぜ』と言ってチョコレートを出す。毎年懲りずにやるから、きっとこの会話が好きなのだろう。私も、好きだから。
「そんなお前のために朗報だぜ」
ほら、言った。後ろから赤い箱を取り出して、とびきりの笑顔でそれをくれる。とても可愛らしい。
「あらありがとう。今年はどんなのかしらね。ところで魔理沙」
 私からもあるのよ、と言おうとしたところで、魔理沙が先に口を開く。
「ん? 怪しいものなら入れたぜ」
「はあ!?」
 この子はいったい何を入れたというのだろう。毎年これと言っておかしなものは入っていなかった。何か企んでいるのか、それともただ驚かせるための嘘か。
「まあまあ、食べてみろ」
ニヤニヤと笑いながら言う。毒ではないはず。……毒キノコを笑顔で持ってくるような奴だけど。
「頂くわ」
 綺麗に結ばれた黒色のリボンをほどく。中には星型のチョコレートが6つ入っていて、特におかしな様子はない。
 ひとつ、手に取って口に運ぶ。
「……ん?」
 もう一口。これは、お酒の味? 甘いだけでなく、変わった味がする。
「気づいたか」
「確かに、怪しいというか初めて食べる味だけど。お酒かしら。美味しいわ!」
 笑って見せる。はじめは食べた瞬間ほんのり温かくて、遊び半分で本当に怪しいものを入れられたのかとも思ったけれど、こんなに美味しいものならもっと食べたいと思う。
 中に入っているお酒も、おそらく私の好みに合うものを選んでくれたみたいで、とても好きな味だった。
「あ、そうだ!」
 私からのプレゼント。お茶と一緒にこっそり持ってきた瓶を机に置く。
「はい、私からもあげる」
 それを見た魔理沙は目を丸くして、そっと瓶に手を伸ばした。
「お前――」
 瓶を持ちながら何かを言いかける。疑うような目で瓶を観察して、また机に置く。
「今日はこれからきっと雪が全部溶けるぜ」
「ひどいわね。せっかくいいの見つけたからあげたのに」
 魔理沙は返事をせずリボンをほどいた。蓋を開けて、1粒掴むとそれを日にかざす。
「ほう、いいじゃないか」
 それを口に運ぶと、一瞬嬉しそうな顔をした。この顔が見たかった。あげてよかったと、素直に思う。
 もう1粒手に取り、こちらを向いて笑う。
「今は少し準備不足だが、この金平糖でいろんなことができるぜ」
 いろんなこと。確かにこの子は金平糖を使っていろいろなことをする。弾幕ごっこの弾もそうだし、灯りの代わりにしたり、爆発させたり。家で何かしらの加工をしているのだろうけど、あげたばかりで何もしていない状態だと、何ができるのだろう。
「あまり役に立たないがな。面白いぜ」
 突然、机に金平糖を並べた。何の形かは分からない。これが魔方陣というのなら少し簡単すぎると思う。すると、並べ終えた魔理沙は聞こえないくらいの小さな声で何かを言った。直後金平糖の下に魔方陣が表れて、光のドームが金平糖を包んだ。
「なにをするの?」
「いいから見てろ」
 ドームの中は光ってあまり見えないけれど、かろうじて金平糖が動いているのはわかった。
「そろそろかな。行くぜ」
 また魔理沙が小さく何かを言うと、光が強まり、ドームが割れた。
「わあ、あんたこんなことできたの!?」
 なくなったドームの下には、あったはずの金平糖はなく、鳥居とお社のミニチュアがあった。これは、うちの神社だ。
「へへ、驚いただろう。ちなみにこれ、見た目以外は金平糖なんだ。食べれるぜ」
 魔理沙はとても小さな鳥居を口に運ぶ。ポリポリと音が聞こえて、また嬉しそうな顔をした。
「あーあ、神社が……勿体ない」
「なに、またいつでもやってやるぜ」
 得意げな顔をして、お社の形をした金平糖を食べた。
 たまにこうして面白い魔法を披露してくれて、ほめるとすぐに調子に乗る。それは昔から変わらなくて、本当に、可愛らしい。

 夜。食器の片づけをして戻ると、魔理沙は私が上げた瓶を見ていた。中身はもういっぱい食べたり、常備している瓶に移し替えたようで残りはわずかになっている。
 机の上で瓶を転がしたり、持ち上げて電気に透かしてみたり。それから少し微笑むと、周りを確認して瓶に顔を近づけた。
 つん、と。唇をつけた。
「あら魔理沙」
「っ!?」
 魔理沙は急いで瓶を隠す。全部見ていたのに、面白いやつ。顔が真っ赤になって、目も潤む。もはや泣きそうなほど。
「お前! いつから……いた?」
「机の上で転がしていたあたりから」
「〜〜!」
 机に突っ伏す。耳まで赤くて、可愛い。可愛いから、少しだけ意地悪をしたくなる。
「ねえ、瓶にキスをすると、どんな魔法が掛かるの?」
 あの様子なら魔法をかけたわけではないとおもうけど、魔理沙が可愛いのだから仕方がない。
「う、」
「う?」
 少し顔をあげて、睨んでくる。さっきよりも更に赤い。もともと白い肌が、綺麗なピンク色になっていた。
「う、美味くなるんだ。祝福が掛かって、その……」
「嘘を吐くなら、いつもみたいに上手に吐きなさいよ」
 魔理沙はまた伏せると、『ばか』と言った。
「そんなこと言う口で祝福なんてされるわけないわ」
 魔理沙の隣へ行く。
「でも魔理沙、すごいわ!」
「ん?」
 かかった。魔理沙は『なんだ』と顔をあげる。こちらに顔を向けようとはぜず、目だけで探している。
 なら、頬に。さっきの魔理沙とおなじように、キスをする。こっちを見ない魔理沙が悪い。本当は、おでこにしようと思ったけど。
「な、な、何するんだ!」
「魔理沙にキスをすると、私の魔法が効いて真っ赤になるのよ」
 おさまりかけていた赤も、また余計にひどくなって、魔理沙はそれを手で覆うと、『そんなことない』といって後ろを向いてしまった。
「金平糖、気に入ってくれたならうれしいわ」
 魔理沙の背中に向かって言う。すぐに魔理沙は立ちあがって、部屋を出て行こうとした。
「どこいくのー」
「もう、寝る!」
 おゆはんからまだ少ししか経っていないのに、お酒も飲まずに寝てしまう。でも、たまにはそんな日もいいと思う。いじけて可愛らしい魔理沙が見られたから。
 もらったチョコレート。残り2つのうち1つを手にとって、口へ運ぶ。
「……おいしい」
 今更、自分が魔理沙にキスをしたことを思いだして、少し恥ずかしくなった。自分の頬が熱くなっているのに気がついて、手で覆う。
 気を紛らわせようと寝室へ向かい、脱ぎっぱなしの魔理沙の服をたたんで、自分も寝る用意をした。

「おやすみ」
 寝ている魔理沙にこえをかけて、電気を消す。
 バレンタインデーというのが終わっても、私たちはずっと一緒。


神居祭にコピー本か無配ペーパーで持っていこうと思ったけど原稿びっしりで断念しました。バレンタインのお話。
バレンタインに上げようと思って、気づいたら次の日でした。
キスさせたりいちゃつかせたりほのぼのしたりそういうの最近書いたおぼえなかったんでかきました。キスは公開するの初めての試みですね。
最後のほう眠かったのでどんなことになっているかわかりませんが、ここまでお読みいただきありがとうございました。


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