ニワカアメ

 博麗神社。そんな場所に私は毎日通っていた。ほとんど休むことなく、そこに通い続けた私は、ある時、人間を辞めた。
 人間を辞めてしまえば、その神社の巫女である博麗霊夢に勝てると思った。人間を辞めてしまえば、不老不死に近いものを体験できると思った。それはとても素晴らしいことだと思った。間違えてはいない。とても素晴らしいこと。ただ、どうしても欠けるものがあった。
 人間を辞めてしまえば、人間より長く生きるだろう。人間を辞めてしまえば、私よりも人間は早く死ぬだろう。人間を辞めてしまえば、博麗霊夢と共に歳をとれなくなるだろう。そんなこと、考えもしなかった。あまりにも日常に溶け込みすぎて、考えることなんて不必要だと思っていた。しかし、そんなことは無い。博麗霊夢は人間として、しっかり歳をとっていくし、私はもっと多くの時間をかけて歳をとる。
 素晴らしいことを打ち消すには充分の欠点。私にはとても耐えられない。いっそここで死んでしまうのもいいと思った。だがそれで自分の夢も、まだそう短くもない博麗霊夢の未来と、その他すべてが見られなくなってしまうのは、もっと辛いことだとも思った。
 気づけば私は神社に行かなくなっていた。何度かアリスや咲夜が様子を見に来たことがあった。それら全てを拒絶したが、心のどこかで紅白の衣装をまとった人間を待っていた。博麗霊夢を待っていた。

 まだ神社に行っていた頃のこと。人間を辞めてすぐは、何にも気づくことなくいつも通り過ごしていた。はじめはちょっとした違和感だった。湧き出す嫌な感情。善と取ることのできない企みが次々と浮かんだ。どんな手を使って霊夢を自分より下に持っていこうか。そればかり考えていた。しかし、それは元から考えていたのではないかと思ったのだ。霊夢の上を上をと思って人間を辞めたのだから、それくらい考えついても普通だと。
 そうして時間が過ぎて、やっと気付いた。今まで読んできた本や聞いてきた話。人間を辞めて魔法使い、魔女になるということは、悪い考えが常に先行してしまう。どうあがいても魔である。魔性である、のだ。その魔である部分をコントロールできないわけではない。沈めることくらい容易にできるはずだった。しかし"霊夢こと"である場合は別だったのだ。なぜこうも、霊夢を陥れようとしてしまうのか。自分にも理解ができない。霊夢のことが嫌いなわけではないのに、大事な目標で、友達で、ライバルであったはずなのに。正々堂々とはできなかったが、人間を辞めたうえで、更に何かをしようなんて思うはずもなかった。なのに。
 またどうしようもなく時間が過ぎて行くうちに気付いた。私は霊夢に執着しすぎていた。霊夢を超えることも、霊夢と一緒にいることも、全て失うことを拒んだ。人間を辞める時、全てを捨て切れなかった。霊夢との時間を捨てることができなかった。忘れるわけでないとわかっていたとしても、私が、他人に捧げることを拒んだ、たった一つだった。
そのことが仇となって、私の中の悪魔は霊夢のことを消そうとした。奪おうとした。そして確信する。このままでは霊夢を傷つけてしまう。一緒にいることができなくなってしまう。自らの手で、その時間を奪ってしまう。それはとても残酷な形だろうと、思ったのだ。ならば、霊夢を傷つける前に、私はここから離れるべきだろうと思った。博麗の巫女である霊夢のことなんてどこにいても耳に入る。霊夢を絶ってしまうより、自分が少し我慢するくらいがいいと思った。
 私がいない神社はとても晴れていた。気候ではない。めでたい紅白が、ハレの色のやつがいるだけで、ケである黒の私がいないのだ。いつも妖怪たちがやってきては霊夢と駄弁ったり、居座ったり。夜は宴会、昼はきっと長く寝ていたり、のんびり過ごすのだろう。あいつと仲のいい奴はいくらかいた。私がいなくても、幻想郷の東の果て、博麗神社にはいつも誰かと笑う博麗の巫女の姿があった。近くを通って、それを見ていた。
 帰り道のこと。これでいいと思った。あいつが幸せそうならばそれでいいと思った。あまりにも簡単なことで、馬鹿馬鹿しくて、笑ってやった。こうして空を飛ぶのも、あいつを見たからだったなと、思い出して笑ってやった。降りて地面を歩くと、空を飛ぶよりも不便なことに笑ってやった。箒にまたがらず空を飛んで、今までの自分に笑ってやった。それでもやはり、まだ弱かった。
 雨が降った。
 後悔が押し寄せる。でもきっと、いつか、彼女のことを想わずにいれば、こんな雨もやむだろう。また、笑ってやった。それでも、振り返ってしまう。どうしても、どこかで求めてしまっている。雨はまだ止まない。
 あれからどれ程経っただろうか。散らかしていた部屋から物が減った。こうも自分が変わるとは思えなかった。だって、変わっていないから。これはごまかしているだけだ。戸棚に目をやると、同じようなデザインのカップに、赤色に桜模様の入った箸が置いてある。それは埃一つかぶらず、ずっとそこに置いてあった。忘れることができていないのはそのせいなのかもしれない。自分でも解けないような保護魔法がかかっていた。誰の仕業だと首をかしげる。他でもない、私がやったことなのに。
 部屋の物を外に出した。全て大事にしていたものだったが、どうにかまとめた。カタンと音を鳴らして何かが倒れた。拾おうと目をやると、そこには見なれた箒が揺れていた。忘れたふりをしていたのも、こらえてきたのも、全て無駄だった。箒を手に持ち、ベランダから飛び降りた。
 俄雨。このまま空を飛ぶのは無理だから、歩いた。雨は視界を歪ませる。自分の弱さに笑いがこみあげてくる。ゆっくりと歩いた。長く行っていなかった場所へ。雨が降らなくなった晴れた場所へ。そして、全て話してやろうと思った。これで最後にしようと思った。
 しかし、博麗神社は晴れてなどいなかった。太陽が見えなかった。だからといって、夜の色がそこにあったわけでもない。
雨が、降っていた。
「霊夢」
 雨音に交じり、打ち消された私の声。私の足が床を叩く音は大きく響いた。二人で走り回ったことを思い出した。けれども、今は一人。
 最後にすると決めて来たその場所から、少し離れたところに、紫色があった。
「もう知っているかもしれないわね」
 雨の音に馴染んだからか、それともそれを意図したのか、とても寂しげな声だった。
「                    」

 いつの日か、毎日博麗神社に通うようになっていた。否、いつもの生活に戻っていた。人間であった頃と同じ。昼前に神社にいって、夕方になったら帰る。妖怪が来たら遊んでやって、満足したら送り出して、自分も帰った。いつもと変わらない。きっとこうであった。きっと、ここに霊夢がいれば。
 帰り道は毎日「今日も楽しかったな」と、こぼした。もし隠れているなら、聞こえているかもしれないから。

 毎日同じように、昔と同じように、笑顔で帰った。降りやまない雨も、またいいものだと思った。このまま雨に溶けてしまいたかった。霞んで見えなくなった遠くへ行って、私も見えなくなりたかった。消えてしまいたかった。そうしたら、きっとまた晴れると思った。
 そう思いながら家に帰った。
扉をあけると、太陽があった。ずっと晴れなかったその場所が、晴れた。太陽に触れて、自分が消えてしまってもいいと思った。
「霊夢」
 やっぱり、隠れていたんじゃないかと言いながら、近くへ寄る。やっと、自然と笑うことができた。これが幸せ。これをずっと待ち望んでいたんだ。

気がつくと、家の前にいた。この場所にふさわしくないほどの太陽の光が私を照らした。急いで身を起こし、家の扉をあけると、綺麗に整頓された部屋がそこにあった。
「霊夢」
 愛しい名前を口にした。目からは次々と涙がこぼれおち、私は立っていることができず、床に崩れ落ちた。声をあげて泣いた。誰も来ないだろうし、誰かが来たってそれを辞めることはできないだろう。
 それはもうとっくにわかっていたことだった。しかし、理解ができなかった。しようとさえしなかった。大事なその人がいなくなるなんて、あり得ないと思っていた。でも、やっぱり人間で。その生物は、失われゆくものだった。
 以前、咲夜が何やら届けに来たことがあった。読まずに置いておいたものを、そっと読む。それは信じたくもない話が、綺麗な字で書かれていた。 『霧雨魔理沙様へ。お久しぶりです。あなたが来なくなってから一体どれほどの月日が経ったことでしょうか。そちらへ出向こうかと思ったこともありましたが、私が行ってしまうと迷惑かと思い、できないでいました。』
 そこまで読んだ時にはもう、全てが理解できた。最後まで読まなくても、書いてある内容が理解できた。それでも無理やり最後まで読み、自らの服の袖で乱暴に涙を拭いた。三枚に渡って書かれていた手紙の最後に目をやる。
『急がなくてもいい。あなたと飛んだ空の上で、あなたを待ってます。博麗霊夢より』
 封筒に紙を入れ、ゆっくりと机に置き、微笑んだ。どうして笑ったのかは、自分でもよくわからなかった。この手紙が冗談でないこともわかっていたし、馬鹿馬鹿しいと思ったわけでもない。ただ、涙を流しながら、微笑んでいた。
 残りどれくらいあるかわからない一生、あいつに土産話をたくさん持っていけるように。私は箒を手に取り、帽子をかぶり、襟を確認し、リボンを直し、髪を整え、外に出た。木漏れ日がまぶしい。外はすっかり晴れて、通り過ぎて行った雨の滴が葉をキラキラと輝かせていた。
「見てろよ霊夢。先にいったこと、後悔するからな」
 箒に跨り、東の果てにある神社へと向かった。




この物語は天野月さんの「ニワカアメ」という曲を元にしています。ニコニコ動画に天野月さんご本人が歌っているものが上がっているみたいです。聞いてから読むとまた違って感じるかも(?)
久々に音楽を聴きながら作業していたら花たん(ユリカ)さんのFlower DropsというCDに収録されているそのニワカアメが流れて、よく聞いてみたらなんだかすごくレイマリ妄想がはかどりまして、はじめはツイッターでべらべら話していたのですが、これは書くしかないと思って勢いで書きました。詳しく書いてしまえばもっと長くなると思うのですが勢いの長さで。あと眠かったです。(言い訳)
この曲がレイマリっぽい!と人に伝えたところ、霊夢視点っぽいという言葉があったのですが、個人的には魔理沙視点ですね。それを伝えたくて書いたというのもあります。霊夢っぽい歌詞もあったのですが、この曲の次、Flower Dropsの最後の曲である「花のように」と言う曲があまりにも霊夢すぎて(書いた次の日に気づきましたが)、対にしたいと思いました。近々上げます。
分かりにくい表現や面白みのない文が多々ありますが、ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。
これ本にしようかとも思ったけどいつか再録でだす(夢)
寿命ネタとか個人的に辛すぎるので基本的に私の幻想郷を描くときはこうなることはありませんが、「もしも魔理沙が人間を辞めてしまったら」の考えのなかの1つです。
魔理沙ちゃんは一生人間で霊夢ちゃんと幸せに歳をとってください。
レイマリちゃんに幸あれ。平和であれ。生きて


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